『 常に気持ちは、非常識 』
「非常識」という言葉は、
どうしてもネガティブで否定的な印象があります。
人は、特に日本人の気質に多いですが、
みんなと同じ考え方が良いとすることに
支配されてしまい、突出することに抵抗
を感じています。
今回は、
良い意味での「非常識」の捉え方に
ついて、シェアーさせて頂きます。
まずは
「非常識」の反対の「常識」について。
ウィキペディアによる「常識」とは、
常識(じょうしき)は、
社会の構成員が有していて
当たり前のものとしている。
価値観、知識、判断力のこと。
また、客観的に見て当たり前と
思われる行為、その他物事のこと。
対義語、非常識(ひじょうしき)は、
社会に適した常識を欠いている場合、
社会生活上に支障をきたすことも多い。
社会によって常識は異なるため、
ある社会の常識が他の社会の非常識と
なることも珍しくない。
これは文化摩擦などとして表面化する
こともある。
と記されています。
「常識」というものは、
時代、時代によって、捉え方が変わってゆきます。
例えば、
その時代、
地球がたいらだとする常識の時代がありました。
「地球平面説という神話」15世紀のお話し。
人が肉眼で見えないような細菌などは、
存在すらしないと考えるのが常識だった
時代もありました。
馬より早い乗り物はないと信じられ、
空を飛ぶことなど無理だと、いわれる
時代もありました。
もし、
人類がそのような常識にとらわれて
いたままだとしたら、どうなったことでしょうか?
おそらく、この現代社会に、
自動車も飛行機も、この世にすら存在し
なかったかもしれません。
これらのものは、
すべてその時代における
「非常識な考え方」だったのです。
しかし、
先の時代の先駆者(パイオニア)たちは
それらを敢えて否定しました。
すなわち、
『「常識」から飛び出す時に感じる批判を
跳ね除け、「新しい常識」を創造したのです。』
つまり、常識に縛られる(とらわれる)ことは、
私たちの能力を封じ込めることと同じことを
意味します。
新しいことに挑戦することは、、
今までに考えられなかった結果を
得られることもあります。
先人のノーベル賞受賞者たちが、
それを証明してきました。
最近の例だと「アインシュタインの重力波」の
話しが記憶に新しいです。
彼は数々の当時の非常識を常識な
ものへとかえてゆきました。
「発明」や「発見」というものはその瞬間に、
今までの常識が書き換えられてしまいます。
よって、
常識にとらわれず、
何事にもチャレンジ
してゆく気持ちが重要なことだと感じます。
次の新しい常識を発見するのは、
あなたなのかもしれません。
常に気持ちは「非常識」でありたいものですね。
Sam
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コメント頂きありがとうございます。
常識って怖いなぁ〜って感じます!!
少しでも周りと違うことをすると、
「変わってる」って言われちゃったり、
非難されたりしますよね。
でも、周りと同じが良いという価値観はなんか違う気がしました。
応援完了しました。
こんちゃす!
はじめまして、しょへといいます(`・ω・´)ゞ
常識ってダイキライです!
ほんとに!
だって常識的に生きてたら
普通に大学行って
普通にサラリーマンになって
年400万ちょっとしかもらえなくて
どこにでもあるありきたりな人生をおくるだけですもん。
ぼくは
ありきたりな感情が恥ずかしいと思う人間なので
今やっていることをまっすぐに頑張ろうと思います。
参考になる記事ありがとうございました^^